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映画の邦題について書いたが、シャンソンも似たようなところがある。日本ではシャンソンを歌うのはほとんど女性なので女性が好むような詞に書き換えられ、そのため情緒的なものになりやすい。それともう一つの問題はフランス語と日本語の情報量の違いだ。原則として日本語では一つの音符に一つの音なのだがフランス語では一つの音符に一つの単語を入れることも出来るからたくさんの内容を盛り込むことが出来る。そこで日本語に訳すとなると半分ぐらいの内容しか伝えることが出来ないから物語性がなくなる。

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今歌っているシャルル・アズナブールの「ラ・ボエーム」も日本語になると希薄な内容になるような気がする。

フランス語ではだいたい以下のようになる。

20歳前の遠い昔の話をしよう。その頃住んでいたモンマルトルの小さな部屋の窓辺からはリラ(ライラック)の花が咲くのが見え、みすぼらしい部屋は寒々としていたが、そこは彼女との愛の巣だった。二日に一度しか食事にありつけず、いつも僕は餓えを叫んでいたが、きれいだった君は裸で僕の絵のモデルになってくれた。

近くのカフェに仲間が集いストーブを囲み、詩を詠んだり、語り合って冬の寒さを忘れようとしていたが、自分の才能を疑わず、空っ腹を抱えたこの惨めさの後には、栄光の日々があるものと誰もが確信していた。たまにビストロで温かい食事にありつく時は一つの皿を二人で分け合って食べたが、それでも幸せな日々だった。

イーゼルのキャンバスの前に君をモデルに夜が白むまで乳房や腰の線を何度も何度もデッサンし、快い疲れの果てに夜明けのカフェオレの前に座る。僕たちはその時代の流れ中に生き、愛し合い、青春を謳歌した。

たくさんの時が流れたある日、たまたま近くを通ったので昔住んでいたところを訪ねてみることにした。若い頃見慣れた通りや建物の壁は当時の面影を留めず、階段の上にあったアトリエはなくなり、新しい装いのモンマルトルは寂しげでリラの木も枯れていた。若くて愚かだった二十歳の頃、ラ・ボエーム、今では何の意味もない言葉。

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実は今日はラ・ボエームを小諸市の小さな会場でフランス語で歌いましたが、ピアニストがとても上手だったので気持ち良く歌えました。来週の木曜日は上田市で歌う予定です。

以前若い頃のアズナブールの「ラ・ボエーム」を紹介したと思うのですが、5,6年前のコンサートのが見つかりました。以前と比べると随分自由にというか崩して歌っています。若い頃に比べると声の輝きなどはどうしても衰えて来るのでより演劇的な表現になるのかもしれません。また同じ曲を長く歌っていると少し変えて歌ってみたくなるということもあるでしょう。

La Bohème - Charles Aznavour - Live in Concert 2004

金子由香利が歌うラ・ボエームは多分なかにし礼の訳詩だと思われるが、ちょっと甘美過ぎ、僕には気恥ずかしくて歌えない。元の歌には詩を詠むという言葉があるがヴェルレーヌやボードレールとはない。ラ・ボエームが作曲された1955年ごろだったら実存主義の頃だったのだろうか?前世紀の詩を学生が愛唱するかな?と思ってしまう。

ラ・ボエーム 金子由香利



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Kazan

Author:Kazan

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宇藤華山(カザン)
東京芸術大学及び同大学院卒業 フランス政府留学生としてパリ高等美術学校で学ぶ。シャンソン歌詞の翻訳をしながらシャンソンを歌う。

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宇藤カザンのホームページ

英国の庭園とコッツウォルズ、フランス花景色、水彩画作品を紹介。

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ラ・ボエーム
想いの届く日
夜のタンゴ

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