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平原綾香の歌うショパンのノクターンをアレンジした「カンパニュラの恋」には英語と日本語のヴァージョンがあるが英語と日本語では歌詞の内容が違う。また同じメロディーでも英語と日本語では聴いた感じが違い、強いて言えば英語の方がジャズっぽいということか?

平原綾香の歌う「カンパニュラの恋」 日本語ヴァージョン

英語で歌われた「カンパニュラの恋」 訳詩付きヴァージョン

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遊び半分に今英語版をフランス語に訳している。歌詞はもちろんメロディーに沿っていなければならないがフランス語に訳すと長くなりすぎて字余り的になり、どうしても単語を略さなくてはならなくなる場合もある。しかし何一つ余分な単語のない歌詞から単語を削るのは難しい。

しかしこれがフランス語のシャンソンを日本語に訳すとなるともっとひどいことになる。と言うのは日本語の歌詞は原則として一つの音符に単語の中の一つの音だけだが、フランス語では一つの音符に一つの単語を振り分けられるので同じ歌でも3倍ぐらいの情報量を盛り込むことができる。例えば「こころ」には3つの音符が必要だがフランス語や英語では1つのの音符で済む。

そのため日本語の歌だと物語性が希薄になり、愛とか恋とか涙とか情感に訴える単語の羅列になりやすく、無理に単語を詰め込むとシャンソンがラップみたいになってしまうのだろう。逆に言えばいかに少ない単語で原曲の雰囲気を出すかが訳詩家の腕の見せ所だろうが、フランス語の持つ内容と味を伝えるのは和歌をフランス語や英語に訳すのと同じくらい難しい。

またフランス語の歌詩はほとんど脚韻を踏んでいるが日本語に直すとそれが消える。脚韻とは和歌の五、七、五、七、七調と同じくらい詩の根幹的な要素で、リズムを生み出し、心地よさを誘うものだが。

日本では原語で歌っても誰も理解できないとしても、シャンソンやフランスの歌曲には魅力的なメロディーが多くて個人的には共感できる。演歌よりもずっと馴染めるのは日本人のアイデンテティを失っている証拠かも知れないが、ずっと西洋音楽の教育を受けて来たわけだし、音楽には国境がないということだろう。

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Kazan

Author:Kazan

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宇藤華山(カザン)
東京芸術大学及び同大学院卒業 フランス政府留学生としてパリ高等美術学校で学ぶ。シャンソン歌詞の翻訳をしながらシャンソンを歌う。

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