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両方から伸びてきたナスタチウムはやがてつながり、足を踏み込むことが出来なくなる。モネの庭にはあまり斬新なアイデアというものを感じないが、このナスタチウム・ウォークは他にあまり例がなさそうで秀逸だと思います。

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このぐらいになるのは10月ぐらいでしょう。

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フランスでは結婚式が終わった後、良く庭園で写真を撮ります。

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だいぶ前の話になるが園芸家の玉崎さんから浜名湖の花博でモネの庭を作ることになったからジヴェルニーのモネの庭を調べることが出来ないかというような話がありました。当時はロンドンに住んでいて距離的にも時間的にも無理なので引き受けることは出来なかったのですが、花博の期間中だけのために作るのかと思い、急ごしらえでは睡蓮の池の鬱蒼とした木々は無理だろう、人を集めるためには良いけれど、あまり意味がないのではないかと考えました。

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確かに2004年花博の時の写真を見ると睡蓮の庭は木々が貧弱ですが、去年の写真を見るとだいぶ良い感じになってきていて、あと5年もするとオリジナルに相当近づいて来るのではないかと思います。高知県の北川村にもモネの庭があるそうです。

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モネの絵に家の正面から伸びる幅広の通路を描いたものがある。

現在ではバラのアーチがあるが絵には描かれていない。以前は通路の両側に並木があったがモネが切ってしまったようだ。この絵には並木の影が描かれているので木を切る前に描かれたもので、ナスタチウムと多分アスターが描かれているのだろう。

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以前はピンクのミオソチス(ワスレナグサ)が植えられていたところにナスタチウム(キンレンカ)が植え込まれる。

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夏の間にナスタチウムは少しずつ大きくなり、、、

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通路に張り出し、同時にアスターとルドベキアも大きく育っていく。

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ナスタチウムはサラダなどにも使われる。

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モネはダリアを好んだようでたくさんのダリアの花がモネの庭でも見られる。

下の絵はジヴェルニーに移る前のアルジャントゥイユのアトリエの庭だが、ダリアのコーナーというのがあってそこを描いている。

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夏の終わりから秋にかけてジヴェルニーの庭にはこんなにダリアが、、、

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モネは特にカクタス咲きのダリアを愛したようだが、19世紀のフランスではダリアにとても人気があったようです。バラの花が咲き終わった後の主役というわけですね。

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バラと共にダリアをこよなく愛したのがナポレオンの妻のジョセフィーヌで、マルメゾンの宮殿でたくさんの希少な品種のダリアを育てていたようです。

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モネはヒマワリの咲く庭を描いているが、この絵はジヴェルニーの庭ではない。ヴェトゥイユというジヴェルニーの少しパリ寄りのセーヌ河沿いの町のアトリエの庭です。モネはこの後ポワシーに引越し、そして最終的にジヴェルニーにオシュデ家と共に住む事になる。

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モネの庭には夏になるとヒマワリ、ダリア、ルドベキアなどが咲き始める。

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ヒマワリでもいろいろな種類がある。

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宿根バーベナ(姫美女桜)

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ヘリオトロープなど

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アリウム

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百日草やサルビアなどの一年草が多いのは、モネの時代には一般的な植物だったからだろう。また1年中花を咲かすためには植え替えの効く一年草に頼ることになるという事情もあるかもしれない。いずれにしろなにか懐かしい感じの花が多いような気がする。

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モネの庭は5月中旬のフジやジャーマン・アイリスの頃が最も華やかだと思うが、5月では睡蓮は咲いていなく、睡蓮が咲く7、8月は他の花はあまり咲いていないということになる。

しかし観光客が一番多いのは夏のヴァカンス中で、レストランなどは大変な混雑になるから朝一番に行くことをお勧めします。

観光バスの駐車場は一般の入り口とは反対側にあり、団体専用の入り口から入ることになる。

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一般の入り口もハイシーズンには長蛇の列。入場までしばし忍耐を。

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モネの家の内部も込み合います。

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この橋でツアー客が撮影する時は完全に通行止めになります。

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夏の水辺に咲くヘメロカリス。

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クロ・ノルマンも夏モード

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ケシ

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アイリス・ウォークはグラジオラスとフロックスに変わる。

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フロックス

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モネの家の内部には驚くほどの浮世絵が飾られていて、まるで浮世絵美術館。

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居間はブルールーム

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アトリエにはモネの写真が

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キッチンはブルーのタイルが美しい。

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ダイニングルームはクリーム色。ここにもたくさんの浮世絵が飾られている。

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モネの寝室

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春にはチューリップとワスレナグサが植わっていた花壇は初夏になるとゼラニウムに変わる。

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赤いゼラニウムはとても平凡だけれど、一般的なフランスのベージュの壁には映え、乾燥するフランスの気候にはすごく合っている。
モネの家の雨戸や手すりはグリーンで補色関係にあるので色彩のコントラストが強く、夏らしい色彩。

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家を植物で飾ると言うのは良いですね。人工的な建物と自然を調和させる良い方法だと思うのですが、日本では湿気があるので難しい面もあるかもしれない。しかしそういう前提で家を建てれば出来なくはないでしょう。

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ベンチもグリーン。日中は人でごった返している家の前も閉園直前には静けさを取り戻す。

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バラの季節だとピークは過ぎているが、白いクレマチス・モンタナのパーゴラが見事です。手前はチェイランサス(ニオイアラセイトウ)かな?

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白いアリウムとナデシコ

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朱色のバラとピンクのミオソチス

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アリウム、ムラサキハナナ、ナデシコなど。

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シレネの一種であるコンパニオン・ルージュ(レッド・カンピオン)やヴァレリアナ(セイヨウカノコソウ)はフランスではほとんど雑草だからわざわざ庭に植えたいとは思いませんが、、、

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アリウム(多分ギガンテウム)はユニークで素晴らしい球根植物ですね。

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初夏のモネの庭は絵の具箱をひっくり返したような感じがなくもない。

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ところで今日の夜、10時頃にアクセスが50万ヒットになりました。皆様どうもありがとうございました。アクセスカウンターは一番下にあります。

モネの庭に咲くバラがすべてモネの時代のバラかどうかは分からないが、イギリスの庭園で見かけるバラと少し違うような気がする。

ほとんどはオールドローズに分類されるものだと思うが、フランスのバラのブリーダーとして有名なメイヤンとかギヨーなどで作り出された品種が持ち込まれているかもしれない。

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最後の2枚はバラではなくシャクヤクです。

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バラの咲く庭で、モネ夫人のカミーユと子供


ジャーマン・アイリスが終わるとバラの季節になる。ジャーマン・アイリスがとても華やかだったのでちょっと物足りない感じもするが、、、

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バラはスタンダード仕立てが中心で、種類もモネが育てていた頃のオールドファッションなものが多い。

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ところでモネが庭を作るに当たってどの庭を参考にしたのだろうかと思う。パリのバガテル公園は1905年にパリ市が買い上げて整備されたはずだから、モネがジヴェルニーに移ったころにはまだ公開されていなかったと思われる。しかしリュクサンブール公園は歴史があるので当時も市民の公園として開放されていたと考えられるが、モネが目指していたのは都会風な庭ではなく、ポタジェの延長のようなノルマンディー風なコテージ・ガーデンだったでしょう。

多分家の近くから少しずつ手を付け、広がっていったもので、試行錯誤の末自然にこういう形になって行ったモネのオリジナル・デザインの庭なのではないかと想像する。
モネの庭に関する本も読んでいないし研究もしていないので間違っているかもしれないが、、、

モネは絵を描いているとき以外の大半の時間をガーデニングに費やし、庭も一つの芸術作品として創作したことは間違いないでしょう。

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睡蓮の池はモネが想像した日本庭園だから、太鼓橋を造り竹を植えた。当時ジャポネズリ(ジャポニズム)が流行ったのは、相次いで開催された万国博覧会に日本の絵画や工芸品が出品されたからで、浮世絵の版画は印象派の画家たちに大きな影響を与えた。博覧会は日本にとってもヨーロッパ人にとってもカルチャーショックの場であったでしょう。

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水辺に咲く花たち。

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池には落ち葉や藻が繁殖したりするのでよくボートに乗って掃除をしている姿を見かける。

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水面に映るシャクナゲ。

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パリのオランジュリー美術館にモネの晩年の大作がある。長い間改装工事をしていたが2006年に新しくなってオープンし、自然の柔らかい光の中で作品を見ることが出来るようになった。
この作品を描くためにモネは大きなアトリエを作り、現在はショップになっている。

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モネは睡蓮の絵をたくさん描いている。何度描いても尽きぬ魅力があったのだろうが、睡蓮はモネのトレードマークとなり描けば売れると言う理由もあったのではないかと想像する。

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柳の木は水分を好むので良く水辺に植えられるが、水面にまで枝を伸ばし、水面にその影を映す様はなんとも美しい。

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睡蓮は7月ごろが見頃です。

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モネが睡蓮を描いた少し前に、イギリスではラファエル前派のウォーターハウスが「ヒュラスとニンフたち」という絵を描いている。睡蓮の間から現れたニンフ(水精)は美少年のヒュラスを誘惑し、水の中に引き込もうとしている。

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「水の庭」は家のある「花の庭=クロ・ノルマン」の後に作られた。間に道路が通っているのがちょっと不思議な感じがしたが、この道路は元は鉄道で後に廃線になったものだった。

モネはパリで生まれたが少年時代はセーヌ河口の都市、ル・アーヴルで過ごしている。昔の鉄道はセーヌ河の右岸沿いにルーアンを経由してルアーヴルに到っていたのかもしれないが、現在はセーヌの左岸沿いに鉄道が通っていて、最寄の駅のヴェルノンからはセーヌ河を渡って来るのだが、歴史のある古い街は右岸に多いからモネの時代には右岸にしか鉄道がなかったと思われる。

モネはジヴェルニーを通過する列車からピンクの家の農家を見つけ、アルジャントゥイユから移り住むことにしたそうだが、パリから70キロも離れた美しい自然の中での庭造りと絵の制作の場があったからこそモネは大画家として成功したのかもしれない。

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藤棚のある橋の上から反対側の小さな橋を眺める。

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池を通してシャクナゲに向こうにモネの家が見える。

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この絵には「ばら色のハーモニー」と言うサブタイトルが付けられているがモネ自身が付けたものかは知らない。昨日の同じ場所を描いたものは「緑のハーモニー」となっている。


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モネの家がある庭は「クロ・ノルマン」と言って花の庭だが、地下道を通って道路の向こうに出ると「水の庭」に行ける。クロ=closと言うのは囲まれたと言う意味で「ノルマンディー風の囲まれた庭」ということになる。

池は川から水を引き、人工的に作られたものだが、水を引くにあたっては地元の人の了解を得るのに苦労したようだ。

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細長い池には二つの「日本の橋」と呼ばれる太鼓橋が架かっている。日本では朱色に塗られることが多いがモネの庭では鮮やかなグリーンになっている。

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手前の橋には白と紫のフジがかかっていて、ここが一番の人気スポットになっている。たくさんの人が橋の上で記念撮影をするからはハイシーズンには大混雑。

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フジが咲くのは5月でジャーマン・アイリスの花期と一致するが、睡蓮の花には少し早すぎる。

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モネの絵にはこのフジを描かれたものがないようだから、モネの生存中はフジがなかったか、あるいはまだ小さかったのかもしれない。何しろ100年が経っているのだから、フジも柳の木も大きくなるわけです。

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ジャーマン・アイリスはフランスの気候に合っているからほとんど放任で毎年咲く。ジャーマン・アイリスは乾燥を好み湿気を嫌うので、日本では根茎を腐らせないように水はけと風通しを良くし、こんなので大丈夫?と思うくらい浅植えにする必要があるが、空気中の湿度までは調整できない。しかし交配を重ねた品種でなければ実に簡単に育つ。葉の色、形も美しく、花がない時でもグリーンのアクセントになる。

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赤い花はオリエンタル・ポピー(オニゲシ)だがこの花も多湿には弱く、ジャーマン・アイリスと同じような条件の下で元気だ。

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ピンクの花はヴァレリアナ(セイヨウカノコソウ?)で雑草並みの強さ。同時に咲くムラサキハナナ(一番上の写真の白い花はその白花種)も放っておいても殖える丈夫な花だし、モネの庭に咲く花は手間がかからず、平凡で丈夫な花ばかり。最もモネが庭を作っていた頃には品種改良を重ねたハイブリッド系の花はなかっただろうから、それは当然で、この庭はモネの庭を再現するためのものだからレアなプランツを探そうとしても無駄である。

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モネが描いたジヴェルニーの庭

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家の正面にアーチの連なる通路があって夏の終わりごろにはナスタチウム(キンレンカ)で覆われる。

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5月の中旬頃になってジャーマン・アイリスが咲く頃が最も華やかで美しいでしょう。ジャーマン・アイリスのボーダーはアーチのある中央通路の左右に平行していて、全体的な印象では青い品種が多い。

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ジャーマン・アイリスにはあらゆる色があるといわれ、虹色の花とも言われるが、最近作り出された品種には実に魅力的な配色のものがあり、フランスのジゃーマン・アイリスのナーサリーは世界のトップレヴェルです。

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ムラサキハナナ(オオアラセイトウ)もいたるところで使われている。

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モネはジヴェルニーに移り住む前にアルジャントゥイユにアトリエがあったのだが、この絵はルノワールが庭で写生をしているモネを描いたものです。

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春の球根植物が終わる頃にはシャクナゲが満開になる。シャクナゲがもともとフランスにあったものか中国やヒマラヤあたりから持ち込まれたものかは知らないが、単調になりやすい庭に花の咲く茂みを作るには持って来いの庭木でしょう。

トリュフォーやヴィルモランなどの種苗会社が出入りしていたようだから「旦那、今度新しいシャクナゲが入りましたよ。」とか言って持ってきたのではないかと想像する。

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ルノワール作 「絵筆を持つクロード・モネ」

モネの庭は冬の間は休園だが春になると待ちかねた観光客がどっと押し寄せる。観光バスで来る団体用の駐車場は別になっていて入り口も異なるが、一般用の駐車場は入り口の前にあり、シーズンには駐車スペースを見つけるのに苦労する。

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チケット売り場も混んで行列が出来る。

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モネの家の前は例年ピンクのチューリップとブルーのワスレナグサの組み合わせのようで、モネの好みだったのかも知れない。

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チューリップを植えると足元が寂しい感じになるので、あまり根が深くならない植物でグラウンドカヴァーをするのが普通で、ミオソチス、ヴィオラなどが一般的ですね。

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モネがパリからジヴェルニーに移り住んだのは1883年、モネが43歳の時で、以来1926年に死ぬまでここで庭を造り絵を描いた。

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モネの没後はモネの息子のミシェル・モネが遺産を引き継いだが、彼はここに住まず管理はモネの娘のブランシュ・オシュデに任せた。そして彼女の没後は、庭師が住み込んで管理していたがミシェルがヴェルノンで交通事故に遭い亡くなると、遺言で美術アカデミーに寄贈されることになった。

1977年に美術アカデミーの会員であり、ヴェルサイユ宮殿の学芸部長であったヴァン・デル・ケンプ氏がモネの庭の再生を依頼され、ここで暮らしたオシュデ家の人たちやモネと親しかった苗などの納入業者のトリュフォーなどに当時の庭の様子を聞き、またモネが撮影して残した多くの写真を参考に再生に取り掛かることになる。
しかしながら再生は簡単ではなかった。建物と温室のガラスは大戦の折に爆撃を受けて破損していたし、階段も床も天上もひどく痛み、モネが睡蓮の大作を描いた大アトリエ内には3本の大きな木が生えていた。庭の土を元通りにし、ほとんど埋まってしまった池を再び堀り、多くの協力を得て美しかったモネの庭を再生するのに約10年の歳月がかかり、庭が一般公開されるようになったのは1980年からです。

春の庭の桜のような花はマルス(ハナリンゴ)ではないかと思われるが。

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こちらもマルスでしょう。

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春の主役はチューリップです。

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モネがジヴェルニーのアトリエの庭を描いた絵だが、ジャーマンアイリスが咲き、奥にモネの家が見える。

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モネの庭があるジヴェルニーは小さな村だが、近くのヴェルノンのには鉄道が通っていて、パリのサン・ラザール駅から直通で簡単に来られるので訪れた方も多いでしょう。ヴェルノンの駅からはバスもあります。

パリから車で行くにはルーアン方面の高速に乗るか、セーヌ河沿いに国道を走るが、特に早春のセーヌ河沿いの国道は桜やスモモ、リンゴの花などが別荘風の家々に咲いていて美しい。

いつ行っても観光客が多いのはパリから近いのとルーアンやオンフルールさらにはモン・サンミッシェルへの通り道でもあるからだろう。
それとここはアメリカ人の観光客が目立つのは、モネの絵がアメリカ人に人気があることに加え、同じ道沿いにアメリカン・ミュージアムがあって、アメリカ全土に宣伝が行き届いているせいもあると思われる。

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モネの庭が一番美しいのはフジとアイリスの咲く5月中旬だと思うが、今日は早春の庭から。

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モネの家はシンプルな形でピンク色の外壁とグリーンのペイントが印象的。

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家の正面からスイレンの池に向かって伸びるダブルボーダー。春にはチューリップ、プリムラ、パンジー、ワスレナクサなどが中心となる。

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ジャーマン・アイリスが咲く頃が待ち遠しい。

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日本では花屋で冬にデルフィニウムを買うのは簡単だが、フランスの地方の花屋ではちょっと難しい。でもバラとユリは一年中手に入るようになった。便利だけれど地球の温暖化に一役買っているのかもしれない。

夏の窓辺には赤いゼラニウムというのはあまりに平凡だが、乾燥に強く、フランスでは管理が楽で、長い間咲き続けるので実に便利。

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エクスのメインストリートにはプラタナスの大きな並木があって南仏の強い日差しを遮っている。カフェでのんびりとコーヒーでもいかがですか?こういう時間の流れがいかにもプロヴァンス的なのだがツアー旅行では無理でしょうね。

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フランスには常設の市はあまり多くなく、曜日によって花の市だったり、食料品の市だったり、骨董市だったりする。

トラックで来てテントを張って、苗を出して、朝市だと午前中だから昼過ぎには片付けられてもういない。ヨーロッパでは遊園地やサーカスも色々な町を移動するのだが、それに較べたらたいしたことないか、、、

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ヒマワリは人気があるようですね、、、日本では大きすぎて家の中に飾りにくいのではと思うが、、、

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大きなブーケですね。アーティチョークも巨大!

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ハロウィーンの頃になるとカボチャがお目見えするが以前はフランスではカボチャをくりぬいて飾ると言うハロウィーンの習慣はなかった。クリスマス商戦の前のウィンドウ・ディスプレーにお目見えして次第に広がっていったのだと思う。
日本のバレンタイン・デーが流行るようになったのと似たようなものか?多分日本のクリスマスもきっかけは同じで、だいぶ昔にどこかのデパートかケーキ屋が仕掛けたのかも知れない。

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クリスマスツリーの飾りが見られるころになるとプロヴァンスでも寒い日が多くなる。

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エクス・アン・プロヴァンス(発音的にはエクサン・プロヴァンス)の花市は火、木、土曜日に市庁舎広場で開かれる。

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早春にはミモザがお目見え。

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ツツジ、アザレアも人気。

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ラナンキュラスも春を告げる花。

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カンパニュラが季節を先取り。

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春になるとラヴェンダーの苗も。

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バラは1年中、どこにでも。

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フランスでは暖色系の強い色彩の花が好まれるように思う。

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プロヴァンスにはバラもあるがそれほど目立たないような気がすると思ったが、考えてみるとバラが咲く6月はいつもイギリスにいて、バラが終わってからプロヴァンスに行くので単に咲いているところを見たことがないだけなのかも知れない。マルセイユには大きなバラ園もあることだし、乾燥しすぎにさえしなければ問題なく育つだろうと思う。

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窓辺を飾る花は定番のペチュニアやゼラニウムが多いが、、、

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こうして見てみるとプロヴァンスの雨戸は水色に塗られていることが多いことに気が付く。寒い地方ではこれほど多くないだろう。プロヴァンスの青い空に似合うのはやはり青なのだろうか?

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夏のプロヴァンスにはノウゼンカズラも目立つ。色からして真夏カラー。

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英語ではトランペット・クリーパー、Creepは這うとか壁などに絡みつくと言う意味です。

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中国原産で「凌霄花」と書くそうだが読めませんね。

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タチアオイもどこにでも咲いている。敷石のほんの小さな隙間でも根付くからすごい生命力です。

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ベゴニアも背が高くなって、、、

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ちょっと窮屈だけれど、、、

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石の硬さを和らげるために植物が必要なんだな。

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狭い石の階段も植物があればオアシスのように、、、

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勝手に殖えてしまうカンパニュラ(乙女桔梗)は涼しげな色で、ちょっと遠慮して通らなければいけないような。。。

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プロヴァンスやコルシカ島にはキョウチクトウがたくさん見られ、こういう感じで塀からはみ出て咲いていることが多い。フランス語では「ローリエ・ローズ」と言うが、確かに葉の形はローリエ(月桂樹の葉)に似ていて、花はバラに似ていなくもない。

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常緑樹だし花は咲くし、暑さにも乾燥に強いので便利な植物なのだが毒性が強い。つまりほとんど害虫の被害に合わないということでもあリ、さらに排気ガスにも強いので高速道路などに植えられることも多い。

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濃いピンクが主だが、赤や白もある。一重が一般的だがダブルもあり、華やかな感じになる。

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好きな花ではないのだが、白花はなかなかきれいだなと思う。

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オリーブの実が熟しています。

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手作りの使い込まれた脚立。

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櫛状の熊手のような道具でオリーブの実をすいて落とします。

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ネットの上に落ちたオリーブの実を集めます。

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たくさん採れましたね。

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色々な種類のオリーブがあります。

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ヨーロッパ人にとってのオリーブは日本人にとっての漬物か梅干のような存在かなあ・・・・

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サン・レミ・ド・プロヴァンスのあたりにはオリーブ畑が広がり、これも南仏ならではの風景だ。

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サン・レミからレ・ボー・ド・プロヴァンス方面に行くと古代ローマの遺跡がある。ゴッホはこのあたりでも絵を描いているのだが当時は土に埋もれていたのでゴッホは見ていない。ゴッホが死んで30年後に発掘されたらしい。

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遺跡の向こうにアルピーユ山脈の石灰質山塊が見える。

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ゴッホが描いたのもこの近くだろう。岩に空いた二つの穴が描かれている。

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再びオリーブ畑と山塊

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うねるようなオリーブの幹はまさにゴッホの世界。

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オリーブとコクリコ(ヒナゲシ)の組み合わせはいかにもプロヴァンス・カラー。

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1889年の5月、ゴッホは精神的な不安定から自らサン・レミ・ド・プロヴァンスの郊外のサン・ポール・ド・モーゾール修道院の療養院を訪れ、1890年の5月までの約1年間滞在することになった。発作が起きなければ絵を描き、1年間で油彩画を150点制作した。

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現在も療養院として運営されているがゴッホゆかりの部分は公開されている。

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ヒマワリを手に持つゴッホの像。

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修道院の裏にはラヴェンダーが、、、、

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コクリコ(ヒナゲシ)の咲くサン・レミの田園風景

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修道院の中庭の花壇

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中庭に咲いていたアイリスもゴッホのテーマのひとつ。

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ゴッホは1889年~89年の2年間のアルル滞在中に多くのプロヴァンス風景を描いた。中でも南仏特有の糸杉は彼のうねるような筆のタッチと同じリズムなので特に惹かれるものがあっただろう。

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また黄金色の小麦畑もまさにゴッホの色彩の世界であったから干草の陰で昼寝をする農夫なども描いた。

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有名なゴッホの跳ね橋もアルルの郊外にある。だがこの橋はゴッホが描いたものではなく、別のところから移されたものだから橋がかかっている場所が異なる。

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オランダの田舎を旅すると現在でも跳ね橋がたくさんあり、船が通過するたびに人や車は停められる。ゴッホがアルルの跳ね橋を少なくとも3度描いたのは望郷の念もあったのかもしれない。

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アルルのカフェを描いた「夜のカフェ」または「夜のカフェテラス」も有名な作品で、ゴッホが描いた当時は単に「テラス」という名のカフェだったが現在ではカフェ・ヴァン・ゴッホという名になっている。黄色い壁はゴッホの絵の印象に合わせたもので当時は黄色ではなかった。

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ところでこの絵は夜に描かれたのかというとそうではないと思う。いくら広場の明かりがあったとはいえ夜では手元の絵の色が良く見えない。明かりや星は憧れだろうか。

ヒマワリの花はゴッホの絵を連想させる。

1888年にゴッホはパリからプロヴァンスのアルルに移った。オランダ生まれのゴッホにとって南仏の太陽と色彩はまばゆく、晩年の作品に大きな影響を与えることになった。

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だが精神的に異常をきたしていたゴッホはアルルの病院に何度か入退院を繰り返すことになり、病院の中庭の絵を描いている。

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病院の庭はゴッホが描いた当時の状態を復元し、エスパース・ヴァン・ゴッホとして保存されている。

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真夏の庭にはカンナやキョウチクトウの花が咲いていて、南国の香りを漂わせている。

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Kazan

Author:Kazan

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宇藤華山(カザン)
東京芸術大学及び同大学院卒業 フランス政府留学生としてパリ高等美術学校で学ぶ。シャンソン歌詞の翻訳をしながらシャンソンを歌う。

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宇藤カザンのホームページ

英国の庭園とコッツウォルズ、フランス花景色、水彩画作品を紹介。

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